選択肢が豊富にある現在と比べると、制限されていた昔は、文化という海にヒット作の島だ
けが浮かんでいた、というふうに考えてもいい。水面にはヒット・アルバムの音楽島や大当た
り映画島に、人気テレビ番組諸島などが点在していた。水面の高さはそのカテゴリーの経済的
許容水準で、流通経路を満たすのに必要な販売量である。そして島は、水面上に出てこられる
ほど人気があって、普通の小売業者の棚スペースが求める程度の、乏しい容量しかない流通経
路に置いてもらえるぐらいは利益を生む商品だ。だから文化の海を見渡すと、波間からのぞく
人気の頂点が目を引く。
でも島は、水面下に潜む巨大な山のほんの一部でしかない。流通コストが減ると、水面が下
がって、隠れていた数々の物が急に見えてくる。しかもこの水面の上より、下のほうがずっと
たくさんある。オンライン小売業者が目覚ましい経済的効率性を発揮しだすと、以前はてつぺ
んしか見えなかった水面に、選択肢の大きな山が姿をあらわす。その現場を、僕らは目撃しよ
うとしているのだ。
現在の市場にある音楽アルバムのうち、九九パーセントを超えるアルバムがウォルマートで
は手に入らない。同様に映画、テレビ番組、ドキュメンタリーなど二○万を超える商業ベース
の映像作品のうち、平均的なブロックバスターの店舗にあるのは三○○○点だけだ。すべての
大手小売業者とほとんどの商品１本から台所設備までＩがそんな状況だ。近所の店では商
品の大半が買えないのである。これまでのヒット主導型の小売業者の経済性では、必然的に選
択肢はかぎられてしまう。
でも需要と供給を結ぶコストをがくんと減らせれば、数字だけでなく市場の性格そのものが
変化する。量も変わるが質も変わるのだ。まずニッチを手に届くようにすると、あまり金にな
らないコンテンッにも実は需要があることがわかる。そして需要がニッチヘ向かうにつれ、ニ
ッチを供給する経済性がいっそう向上する。そんなこんなでいい循環ができ、そのせいで産業
界全体がＩそして文化もＩ数十年かけて変貌を遂げる。
産業革命以前、文化は地域に密着していた。農業経済において人々は各地に散らばり、距離
で引き離され、ぱらぱらの文化から土着のなまりや民謡などが生まれた。その文化は輸送と伝
達をすみやかにおこなう術を持たないためお互いなかなか融合せず、新しい思想や流行が伝わ
るのも遅かった。昔のニッチ文化は、趣味よりも地理で決まってしまうものだったのである。
また伝達手段があまりないため、町によって共通文化の普及度が異なっていた。演劇の巡業
があったり、わずかな本が知識人の手に届いたりしていたのは別として、ほとんどの文化は人
が移動するのと変わらない速さでしか広がらなかった。西ヨーロッパで、おもに教会が大衆文
化を統合していたのにはわけがある。教会は最高の流通インフラとともに、グーテンベルクの
活版印刷技術による最大の量産メディア（聖書）を持っていた。
蓄音機だったけれど、ポップ・アイドルを生んだのはラジオだ。四○年代から五○年代、「ア
メリカ人のポピュラー音楽の好みを正確に集計した信頼できるデータ」と躯う豆ア・ヒット
・パレード』が土曜の夜の定番になった。ロックンロールとＲ＆Ｂの人気が若者の間で高まり、
それとともにラジオのパーソナリティーによる選曲が影響力を持ち、ＤＪの中にスターが生ま
れた。五○年代にはアラン・フリードとマレー・コーフマン（「ザ．Ｋ」）というＤＪが登場し
て、ラジオは史上最高のヒット製造機になった。
ラジオがそのピークを極めた番組は『アメリカン・トップ㈹』だ。これはあちこちの放送局
に販売された、週に一度のラジオ番組で、一九七○年にケイシー・ケイサムのＤＪではじまっ
た。言ルボード』誌の人気上位一○○曲の集計結果をもとにトップの四○曲を下から順に発
表していく三時間番組だったが、八○年代初頭には四時間に延び、アメリカだけで五○○を超
えるラジオ局から毎週日曜日に放送された。七○年代から八○年代に少年時代を過ごした世代
にとって、この番組はポップカルチャーを伝える信号だった。毎週、国中の何百万人もの人々
が、どのバンドが順位を上げどの曲が落ち目なのか、真剣に耳を傾けていた。全曲合わせても
レコード店の棚一つ分にすらならないのに。
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